冬の菊(令和8年2月13~14日掲載分)
◎ 冬の菊(令和八年二月十三~十四日掲載分)
● 令和八年二月十三日 金曜日
○ 十一月日々折々 その十六 冬の菊
《今回の自選代表四句と自句自解》
冬の会皆で「富士山」大合吟
冬の会先導吟題作者名を
冬の会我も加わり吟詠し
冬の会箏と尺八伴奏に
2025年11月16日(日)に松戸市民会館で松戸市吟詠連盟主催の「第56回 吟詠の集い」が開催された。
午後十二時半から始まり、開会のセレモニーの後、舞台と会場が一体となって皆で石川丈山作の「富士山」を箏と尺八伴奏にして大合吟した。久し振りに吟詠の味を味わった。
( 十一月中旬 「第56回 吟詠の集い」①)
冬晴の日歩いて市民会館へ
会館へ向かう路傍に冬の菊
冬の日に「吟詠の集い」会場へ
※「吟詠の集い」・・・ここでは、松戸市吟詠連盟主催の「第56回 吟詠の集い」のこと。
吟詠の集い
時間 2025年11月16日(日)12時から17時
場所 松戸市民会館ホール
主催 松戸市吟詠連盟
(情報サイトより転載)
※なお、「第56回吟詠の集い」は、令和7年11月16日(日)に開催されたので、ここでは「冬の会」と表現します。
また、俳句は字数が限られていますので、基本的に敬称は省略させて頂きます。時にはイニシャルなどで表現させて頂くこともあります。ご了承ください。
冬の会受付済ませ会場へ
冬の日に会のプログラム受付で
冬の会受付済ませ座席着く
冬の会プログラム手に着く座席
冬の会五十人余り客席に
冬の会舞台左にスタンド花
※スタンド花・・・スタンドフラワーは、「フラワースタンド」「スタンド花」「フラスタ」とも呼ばれ、主な用途は、移転祝い、開店祝い、公演祝いなどの祝儀の品として贈られることが多いです。(情報サイトより転載)
冬の会開演定刻十二時半
冬の会開会の辞を司会者が
冬の会理事長の能登あいさつを
※理事長の能登・・・松戸市吟詠連盟理事長 能登圀曠氏(日本國誠流詩吟連盟松戸支部代表)のこと。今回の大会実行委員長である。
冬の会皆で「富士山」大合吟
㊟「富士山」・・・ここでは、石川丈山が詠んだ富士山のこと。
石川丈山が詠んだ富士山
石川丈山は、江戸時代初期に活躍した漢詩人です。彼が詠んだ「富士山」という漢詩は、富士山の雄大な景色を繊細かつ大胆な比喩で表現しており、特に詩吟の世界でよく知られています。
・詩の内容と現代語訳
石川丈山作の「富士山」は、以下の四行からなる七言絶句です。
漢文 仙客来遊雲外巓 神龍栖老洞中淵 雪如紈素煙如柄 白扇倒懸東海天
現代語訳 仙人が遊びに来るという雲を突き抜けた富士山の頂。 洞窟の中の深い淵には、神龍が長年棲みついているという。 山頂の雪はまるで白い絹織物のようで、立ち上る噴煙は扇の柄のように見える。 その姿は、東海の大空に白い扇が逆さまに掛かっているようだ。
・表現の魅力
この詩の最大の特徴は、富士山を「白い扇」に例えている点です。純白の雪に覆われた山肌を白い絹織物(紈素)に、そして噴煙を扇の柄に見立てることで、富士山の優美さと荘厳さを同時に表現しています。特に最後の「白扇倒懸東海天」(白い扇が東海の大空に逆さまに掛かっている)という表現は、富士山の奇抜で美しい姿を見事に描写しており、多くの人々に感銘を与えています。
・石川丈山の生涯
石川丈山(1583-1672)は、三河国(現在の愛知県)出身の武士でした。徳川家康の家臣として仕えましたが、大阪夏の陣での軍律違反により蟄居を命じられ、これを機に出家しました。その後は漢詩や風雅を愛する隠遁生活を送り、90歳で亡くなるまで生涯独身で、京都に詩仙堂という草庵を結んで暮らしました。彼の人生観や生き方に共感する人も多く、その高潔な生き様もまた、彼が詠んだ詩に深みを与えています。(AIアシスタントより転載)
⦿『「石川丈山が詠んだ富士山」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二千五十三)》
冬の会先導吟題作者名を
冬の会我も加わり吟詠し
冬の会箏と尺八伴奏に
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● 令和八年二月十四日 土曜日
○ 十一月日々折々 その十七 冬晴るる
《今回の自選代表五句と自句自解》
冬の会十八番は俳句吟
冬の会与謝蕪村作の俳句吟
冬の会吟詠俳句「春の海」
冬の会吟詠俳句「菜の花」
冬晴るるしばし楽しむ俳句吟
2025年11月16日(日)に松戸市民会館で松戸市吟詠連盟主催の「第56回 吟詠の集い」が開催された。
第一部の出番十八番は俳句吟。普段から慣れ親しんでいる俳句の吟詠は、一味も二味も違う。与謝蕪村作の俳句「春の海」も「菜の花」も、普段とは異なり味が深くかつ濃くなる感じがする。それが詩吟の魅力であろう。
( 十一月中旬 「第56回 吟詠の集い」②
第一部会員吟詠冬の会
※第一部・・・会員吟詠の出番一番から九番まで。
冬の会出番一番から開始
冬の会司会出番と会名を
※会名・・・加盟各流派・各団体の会名のこと。
冬の会司会出場者紹介し
※司会出場者紹介・・・以後、司会者は最後の出演者まで同様に、出演者の出番と加盟各流派・各団体の会名を事前に紹介した。
冬の会舞台に登場出演者
一番目「山中問答」冬の会
※「山中問答」・・・李白の「山中問答」は、世俗を離れて山中に暮らす心境を詠んだ七言絶句の漢詩です。この詩は、唐(盛唐)の時代に李白が53歳頃、玄宗皇帝に長安を追われた後に長江流域を放浪していた頃に作られたとされています。
詩の概要
・問いと李白の心境
この詩は、「どうして人里離れた緑豊かな山に住んでいるのですか」という問いかけから始まります。それに対して李白は、ただ笑うだけで何も答えず、心は自然と穏やかであると返します。彼にとって、俗世間からの問いは心に響かないほど、自身の心境がのどかであったことを示しています。(AIアシスタントより転載)
冬の会一人目吟題作者名を
※一人目吟題作者名を・・・以後、出演者は最後の出演者まで同様に、吟詠する吟題と作者名を紹介した。
冬の会演者朗々と吟詠し
冬の会箏と尺八伴奏に
※箏と尺八伴奏に・・・以後、最後の出演者まで同様に、箏と尺八の伴奏が付いた。
冬の会客出演者に拍手して
※客出演者に拍手して・・・以後、最後の出演者まで同様に、観客席から出演者に拍手が送られた。
出演者次つぎ吟詠冬の会
冬の会出番四番「川中島」
㊟「川中島」・・・ここでは、頼山陽の「川中島」のこと。
頼山陽の「川中島」は、「不識庵機山を撃つの図に題す」という正式名称を持つ漢詩で、武田信玄と上杉謙信が激突した川中島の戦いを題材にしています。特に、謙信が信玄の本陣に単騎で斬り込んだとされる名場面を描写しており、詩吟でも非常に人気の高い作品です。
📜 詩の内容と意味
この漢詩は七言絶句の形式をとっており、次の四句から構成されています。
鞭声粛粛 夜河を過る(べんせいしゅくしゅく よるかわをわたる) 上杉謙信の軍が、馬に鞭を打つ音も静かに、夜陰に乗じて千曲川を渡った様子を表しています。
暁に見る千兵の大牙を擁するを(あかつきにみる せんぺいの たいがを ようするを) 夜が明け、武田信玄の本陣前に、上杉軍の数千の大軍が大将の旗を掲げて突然現れた光景が描かれています。
遺恨十年 一剣を磨き(いこんなり じゅうねん いっけんを みがき) 謙信がこの十年、信玄を討つために剣を磨き続けてきたにもかかわらず、という意味合いが込められています。
流星光底 長蛇を逸す(りゅうせい こうてい ちょうだをいっす) 剣が閃光を放つ一瞬のうちに、憎き武田信玄を討ち損じてしまったことへの無念さが表現されています。
⚔️ 歴史的背景
「川中島」のテーマとなっているのは、1561年(永禄4年)に起こった第四次川中島の戦い、通称「八幡原の戦い」です。上杉謙信が妻女山から夜間に密かに山を下り、千曲川を渡って武田信玄の本陣に迫ったという、歴史的な奇襲が背景にあります。この詩では、謙信が信玄に斬りかかったものの、信玄が軍配で受け止めて難を逃れたとされる一騎打ちの瞬間が描かれています。長年の雌伏を経て宿敵と対峙しながらも、あと一歩で仕留めきれなかった謙信の深い無念さが伝わる作品です。
🧑💻 頼山陽について
頼山陽(1780-1832)は、江戸時代後期の儒学者であり漢詩人です。大阪で生まれ、青年期を広島で過ごしました。21歳で脱藩して京都へ向かいますが、その後、自邸に幽閉された期間に読書に没頭し、後の代表作となる歴史書『日本外史』の構想を練ったと言われています。32歳頃からは京都に定住し、「山紫水明処」という塾を開いて子弟の育成にあたりました。彼の作品の中でも「川中島」は、詩吟で最もよく吟じられる、非常に有名な漢詩です。(AIアシスタントより転載)
⦿『頼山陽の「川中島」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二千五十四)》
冬の会男四人の合吟を
冬の会男合吟に迫力が
冬の午後一部の吟詠楽しめり
冬の会休憩なしで第二部に
※第二部・・・会員吟詠の出番十番から二十番まで。
冬の会会員吟詠次つぎと
冬の会十番吟詠「白帝城」
冬の会「早発白帝城」(つとにはくていじょうをはっす)
㊟「早発白帝城」・・・『早発白帝城』(つとにはくていじょうをはっす、早に白帝城を発す)は、中国唐代の詩人・李白が詠んだ漢詩である。
李白の作品の中でも最も有名な1つであり[1]、七言絶句型漢詩の圧巻作とされる[1]。中国重慶市にある白帝城を出発し、長江三峡を通って、湖北省の江陵県にいたるまでの景色を描写している。(Wikipediaより転載)
冬の会メリハリのある吟詠を
冬の会十番演者に客拍手
冬の会我も演者に拍手して
冬の会十八番は俳句吟
※俳句吟・・・ここでは、与謝蕪村作 俳句「春の海」と「菜の花」の吟詠が披露された。
※※俳句吟・・・
💮 俳句吟の概要
俳句吟とは、日本の伝統的な詩吟の一種で、俳句に節をつけて吟じる芸道です。詩吟は、漢詩を中心に和歌、俳句、新体詩などを節調に乗せて歌います。俳句は短い詩ですが、その内容や情景を声で表現し、心情を吟じ上げます。
・俳句吟の特徴
俳句吟は、七五調という日本古来の言葉のリズムとテンポを持つ俳句を吟じるため、日本人にとって非常に歌いやすいとされています。音階はミ・ファ・ラ・シ・ドの五音構成を用いることが多く、詩のイメージに合わせてテンポやリズムがつけられます。
🎶 俳句吟の吟じ方
俳句吟では、俳句の句を繰り返して吟じることが一般的です。
・繰り返し方
第一句: 繰り返す場合と繰り返さない場合があります。作品によって異なります。
第二句と第三句: 続けて吟じ、必ず繰り返します。
繰り返し時の注意: 同じように吟じることを避け、吟じ方に変化を持たせることで、より感情豊かな表現を目指します。
短い俳句を2回吟じることも多く、これは温習会や発表会などでよく見られます。
・有名な俳句吟
古くから多くの俳句が吟じられており、例えば松尾芭蕉の「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」や「古池や蛙飛び込む水の音」、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」などがよく知られています。山口素堂の「目には青葉山ほととぎす初鰹」なども俳句吟として楽しまれています。
🗣️ 俳句吟の聴きどころ
俳句吟の魅力は、吟詠者が詩の内容を深く捉え、声でその心情や情景を表現するところにあります。作品に込められた作者の気持ちを、いかに豊かに表現できるかが吟詠家の腕の見せ所です。吟じられる詩の意味や背景を知っていると、より深く俳句吟を楽しむことができます。(AIアシスタントより転載)
⦿『「俳句吟」について』《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その二千五十五)》
冬の会与謝蕪村作の俳句吟
冬の会吟詠俳句「春の海」
冬の会吟詠俳句「菜の花」
冬の会しばし楽しむ俳句吟
冬晴るるしばし楽しむ俳句吟
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