冬晴(令和5年2月7~8日掲載分)
◎ 冬晴(令和五年二月七~八日掲載分)
● 令和五年二月七日 火曜日
○ 十一月日々折々 その二十四 冬晴
《今回の自選代表句と自句自解》
三柱神社の社殿に冬日射
冬晴れの日。三柱神社(みつばしらじんじゃ)は草加宿開宿と関連される唯一という歴史ある神社を訪ねて、冬の日射しの中で参拝。規模は小さいが、存在意義は大きい。小綺麗に整備されている。合掌。
(十一月下旬 「日光街道 草加宿歩き(後編)」その八)
冬の旅ここは神明一丁目
冬の旅今一丁目の交差点
冬の旅角に志免屋せんべい屋
㊟志免屋せんべい屋・・・武州草加宿時代からの老舗、志免屋
創業明治34年。
当店は一貫して伝統の製法手作りを基本に、最も適した二合半領の米選びから、自家製粉、セイロ蒸かし、焼上調味に至るまで独自の風味で各界にご賞味頂いて居ります。武州草加宿時代からの老舗志免屋(しめや)は、伝統に恥じないよう煎餅を創り出して居ります。(志免屋HPより転載)通産労働大臣賞受賞 住所 埼玉県草加市神明1-11-1
⦿「志免屋せんべい屋について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その千二百二十八)》
冬の旅ここは老舗のせんべい屋
冬旅に妻とせんべい買い求む
冬の旅神明宮の方向へ
冬の旅三柱神社にぶらり寄る
※三柱神社(みつばしらじんじゃ)・・・『三柱』とは3体の神様が祀られているという意味。
第六天神社 面足尊( おもたるのみこと )
吾憧根尊( あやかしこのみこと )
弁財天社 宇賀神( うがじん )
稲荷社 倉稲魂命( うかのみたまのみこと )
三柱神社は草加宿開宿と関連される唯一という歴史ある神社です。[出典]『草加市史 通史編 上巻』 『三柱神社御由緒』
所在:埼玉県草加市神明1-34
(追加説明)
※第六天神社・・・第六天神社(だいろくてんじんしゃ)は、関東地方(旧武蔵国)を中心としてその周辺に存在する神社。なお、神社によっては第六天を「大六天」と表記する場合もある。
歴史・特徴[編集]
元々は神仏習合の時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建されたものであるが、明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代における第六代のオモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)[注 1]に祭神を変更した。(Wikipediaより転載)
(余談)
「第六天」は、仏界欲天の中の第六天に住む「他化自在天(たけじざいてん)」をさします。
他化自在天は魔王とも呼ばれるのですが、「人々の喜びを自分の喜び・糧にする仏さま」なのです。
「人の喜びを糧」にするので、人々は喜びを与えてくれる仏さまとして江戸時代には江戸を中心に信仰が広まりました。(豆知識より転載)
⦿「三柱神社(みつばしらじんじゃ)について」《治蝶の俳句の散歩道(ちょっといい話 その千二百二十九)》
三柱神社の上空冬晴に
三柱神社の社殿に冬日射
冬晴の社殿の前にて参拝す
冬の旅社殿近くに大き歌碑
※歌碑・・・
歌碑
千はやふる神のめぐみをうるゆへに
世のたのしみは残るこそ楽し
四角園寿美女 七十五才
この歌碑は慶應元年九月三社修繕の折奉納されたもので、作者は宿の住人亀甲屋幸助の妻女である。四角園とは亀甲屋幸助の歌号である。(個人サイトより転載)
冬の旅社殿近くに歌碑由来
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● 令和五年二月八日 水曜日
○ 十一月日々折々 その二十五 散黄葉
《今回の自選代表二句と自句自解》
神明宮境内銀杏の冬黄葉
神明宮境内銀杏に散黄葉
良く晴れた初冬の十一月二十二日(いい夫婦の日)。妻と共に、五月にも参拝に訪れた宿篠葉神明神社(しゅくしのはしんめい)にまた訪れた。境内の銀杏の樹は冬黄葉。かつまた地面は銀杏の散黄葉。初冬の景色だ。今回は、宝くじの当選祈願を主に訪れた。しっかり祈念した。合掌。
(十一月下旬 「日光街道 草加宿歩き(後編)」その九)
冬の旅参拝済ませて旧道へ
冬の旅少し歩いて神明宮
冬の旅旧道歩いて神明宮
冬の旅妻と立ち寄る神明宮
※神明宮・・・宿篠葉神明神社(しゅくしのはしんめい)は、草加市神明にある神明神社です。宿篠葉神明神社は、与左衛門新田の名主吉十郎の祖先が、元和元年(1615)に、宅地内に屋敷神として創建、正徳三年(1713)当地へ遷され、草加宿の総鎮守となったといいます。明治42年に草加神社に合祀されました。祭神 天照大神(猫の足あとより転載)住所 埼玉県草加市神明1-6-6
(追記 その一)
草加宿の総鎮守で、宿場町の北側の玄関口にあたる神社です。神明宮は、草加駅から草加松原へ向かう途中にある小さな神社です。旧日光街道沿いにあります。この神社は1713年に草加宿の総鎮守として現在の場所に創建されたとのことです。天保年間に社殿が焼失し、1847年に再建されてとのことです(1901年、1977年に修理)。(クチコミより転載)
(追記 その二)
旧日光街道沿い、おせん公園近くに建つ神社です。木造の大きな鳥居と社殿は落ち着きが感じられました。江戸時代初めにご神体を祀り、その100年後に宿場の総鎮守として宿場を見守ってきたとのことです。狭い境内の一画には、草加に功績を残し、草加名誉市民の称号を得た野口太七さんの胸像が建っています。近くには草加せんべい発祥の地碑や、松尾芭蕉の弟子・河合曽良の像が建つおせん公園や、桜並木が美しい札場河岸公園、レンガ造りの水門・甚左衛門堰などがあり、併せて散策することをおすすめします。 (クチコミより転載)
神明宮境内銀杏の冬黄葉
※ブログ「治蝶の俳句関連写真集」の「続・冬(新年)の写真」の「日光街道 草加宿歩き(後編)」(令和四年十一月下旬)に「宿篠葉神明神社の御神木の銀杏の冬黄葉」の写真を掲載しています。ご覧頂ければ幸いです。
冬の旅此処の参拝夏以来
神明宮境内銀杏に散黄葉
神明宮境内銀杏の散黄葉
冬の旅半年ぶりに参拝す
冬の旅妻と当選祈願して
宝くじ当選祈願冬旅に
冬の晴社の境内を散策す
冬の旅神社の後ろに伝右川
㊟伝右川・・・伝右川(でんうかわ)は、埼玉県および東京都を流れる利根川水系綾瀬川支流の一級河川である。(Wikipediaより転載)
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